大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和49年(ワ)28号 判決

原告

井上輝男

右訴訟代理人

佐竹新也

外一名

被告

右代表者

稲葉修

右指定代理人

小沢義彦

外七名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、二一万七三二〇円およびうち二〇万円に対する昭和四八年四月一日から一万七三二〇円に対する昭和五〇年一二月一六日から、いずれも支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言〈後略〉

理由

一原告が来民局に勤務する国家公務員たる郵政事務官であること、原告は、昭和四七年四月二一日本件レク行事に際し、来民局における表彰式等に参加する途中、交通事故にあい負傷したこと(本件災害)、公務災害補償の実施機関である熊本郵政局長が同年五月一六日本件災害を公務外の災害であると認定したこと、そこで、来民局長が本件災害による病気休暇を私傷病(公務外の災害)による病気休暇として、昭和四八年四月一日原告に対し、一号俸を減じた定期昇給処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二原告は、本件災害は公務上の災害であると主張し、被告はこれを争うので、本件レク行事の実施から原告が本件災害を受けた経過について調べてみる。

1  本件レク行事実施に至る経過

(一)  本件レク行事は、熊本郵政局が郵政省の通達に基づき郵政職員の勤務能率の発揮および増進計画の一環として計画立案し、来民局長が熊本郵政局から示された行事実施基準通達(昭和四七年四月一一日付局人厚レ第二六〇七号、同月一二日付人厚レ第二七一三号)に基づき計画実施したレクリエーシヨン行事であることは当事者間に争いがなく、第三九回通信記念日レクリエーシヨン行事の経費として、郵政省より来民局に対し、職員一人当り一一〇円が配付され、うち九〇円が本件レク行事費、二〇円が右記念日式典費とされていたことが、〈証拠〉により認められる。

(二)  ところで、来民局では、従前逓信記念日レクリエーシヨン行事として、ソフトボールやハイキング等のスポーツ行事を実施してきたが、昭和四七年三月下旬、来民局長以下多数の職員が出席して、本件レク行事に関する全体会議が開催され、その席上職員から昭和四七年度はボーリングを行ないたい旨の意見が提出されたこと、そこで、同年四月上旬に行なわれた主任以上が参加する幹部会で、さらに本件レク行事について検討したことは、〈証拠〉によつて認められ、その結果、来民局長は、(ア)開催日は昭和四七年四月二一日午後六時とする。(イ)レクリエーシヨン行事はボーリング大会とする、(ウ)参加者は当日の勤務者で参加できない者を除きなるべく全員とする、(エ)開催場所は山鹿ボーリングセンターおよび来民局とする、(オ)行事に要する経費は、レクリエーシヨン行事費をもつてあてるが、不足額は参加する各人から徴収する、(カ)ゲームは二ゲームとし、二ゲームトータルで順位を決定し、上位三位までの者に来民局長および同代理から個人賞を贈呈する、(キ)ゲームの集計、順位決定および表彰は、来民局で行ない、併せて全体会議および懇親会を催す、こと等を決定し、右決定事項を同月一三日文書にして来民局内に掲示したほか、職員に回覧したことは、当事者間に争いがない。

(三)  なお、来民局長は本件レク行事の所要時間につき、山鹿ボーリングセンターにおいてボーリング競技を二ゲームで一時間位、午後七時三〇分ころから来民局において表彰式を五分位、懇親会を一時間位と予定していたこと、前記全体会議というのは、通例として議題を決めず、来民局長を含めた全職員が業務その他諸々の事項につき相互の意思疎通を図るため勤務時間外に任意に集つて催す座談会であるが、当日も予定した議題はなかつたことが、〈証拠〉により認められる。そして、本件レク行事の実施担当者となつた宮崎晴臣主任が本件レク行事実施日以前に参加申込者各人からボーリング代として五〇〇円宛を徴収したことが、〈証拠〉により認められる。

2  本件レク行事参加に際し、職員の自家用車が使用された経緯

(一)  ところで、来民局と山鹿ボーリングセンターとは約四キロメートル離れていることは、当事者間に争いがなく、本件レク行事当時その間の交通機関としてバス、タクシーがあつたが、前記幹部会において来民局長は、山鹿ボーリングセンターへの集合方法、同所から来民局への移動方法およびその交通費をどうするか等について特に決めることはなく、参加者各自の判断に任せることにしたことが、〈証拠〉により認められる。

(二)  そして、昭和四七年四月当時、来民局の職員三五名中一五名が通勤に自家用自動車を使用していたことは当事者間に争いがなく、来民局ではそれ以前から熊本郵政局あるいは来民局の主催する行事、会合等があるとき、それに出席する来民局長その他の職員が適宜融通しあつて職員の通勤用用自動車に分乗して行くことがあつたことが、〈証拠〉により認められる。

(三)  昭和四七年四月二一日本件レク行事のボーリング競技会に参加を申し込んだ来民局長、原告を含めた二〇名の職員は、そのうち八名の所有する通勤用自動車に分乗し、午後六時五分ころまでに(但し、うち一名は午後六時二〇分ころ、一名は午後七時ころ)、山鹿ボーリングセンターに到着したことは、当事者間に争いがなく、前記幹部会以降も山鹿ボーリングセンターへの集合方法および同所から来民局への移動方法等について特に指示や打ち合せが行なわれたことはなく、参加者は各自の判断に従いそれぞれ自分の通勤用自動車に乗り、あるいは空席のある車に適宜便乗して集合したものであること、例えば、原告は出発直前まで他の参加職員の自動車に便乗することにしていたところ、その職員から他の職員を乗せることになつたからと断られたので、急きよ自分の通勤用自動車に参加者津留勉を乗せて行くことになつたものであり、来民局長も当初は自分の単車で行く予定にしていたが、出発間際に、勧められて参加者上月泰弘の車で行くことになつたものであることが〈証拠〉により認められる。

3  ボーリングセンターから来民局への移動に当り、自家用車が使用された経緯

(一)  そして午後六時一〇分ころからボーリング競技が開始されたことは当事者間に争いがなく、参加者のうち一八名の者が五組に分れ、本件レク行事として予定した二ゲームを行なつたが、そのほかに女子の一組が一ゲームを行ない、それが午後七時四五分ころ終了したこと、その時、参加者出口正昭から来民局長に対し、「時間も大分過ぎて、おなかも空いたので、この場で表彰式をしたらどうか。」という意見が出されたが、来民局長は参加者全員に対し、「来民局に準備ができているので、急いで帰るように。」と発言したことが、〈証拠〉により認められ、〈証拠判断省略〉。

(二)  そこで、参加者全員は数台の職員の通勤用自動車に分乗してそれぞれ山鹿ボーリングセンターを出発し、そのうち四名は山鹿市内で食事をした後、自宅に直接帰つたが、そのほかの参加者は直接来民局へ向かつたこと、原告は自分の通勤用自動車に参加者津留勉、同木庭妙子を乗せて来民局へ向かつたが、午後八時五分過ぎ国道右側にある来民局の通用門に入ろうとして、右折したとき、直進してきた対向車と衝突して負傷し(本件災害)、昭和四七年四月二二日から同年六月一〇日までの間に合計四五日の病気休暇をとつたことは、当事者間に争いがない。

二右認定の事実関係に徴すると、本件レク行事は来民局長が、郵政省の公式行事として、来民局職員の公務の能率を増進するため立案、計画したものであるから、レク行事への参加が各職員の自由意思に委ねられ、かつ勤務時間外に行なわれ、参加費用の一部が自己負担とされたからといつても、レク行事そのものは公務性を有すると解するのが相当である。そして、本件においては、ボーリング競技は山鹿ボーリングセンターで、その表彰式は約四キロメートル離れた来民局で、それぞれ行なわれることに計画されていたものであるが、表彰式の実施も本件レク行事の一環として予定されていたものであるから、ボーリング競技と表彰式への参加は、ともに公務性を有するものと解するのが相当である。

しかしながら、原告がボーリングセンターから表彰式場である来民局への移動に当つて自家用自動車を使用したことが公務性を有するかどうかは、別個に考察すべきものと考える。

もともと、公務員が自家用車を運転し、もしくはこれに便乗することは私的自由に属することであり、したがつて、これによつて生起する災害は自己の負担と責任において処理するのが原則というべきである。けだし、官用車の運行については、その運転手たる公務員につき任命権者において運転適性、技倆、注意能力等を調べて選任、監督を行なうほか、車輛についても相当の点検、整備をして災害の発生を未然に防止する措置をとることが可能であり、したがつて、官用車の運行については、所属官署の長の支配管理が及んでいることが明らかであるが、公務員が私用に供するため運転する自家用自動車については、各自の私的行動の自由に属することとして、官用車のような支配管理は全く及ばないことが明らかだからである。

そうだとすれば、公務員がたとえ公務の遂行のため、あるいはそれと密接な関連を有する用務を果たすため自家用自動車を使用した場合においても、それが特に上司の正規の命令もしくは指示に基づく場合とか、具体的状況に照らして、公務遂行のため真にやむを得ない応急の措置をなすべき必要があつた場合等自家用自動車使用に公務性を肯定すべき特別の事情がある場合のほかは、公務員の私的行為に属するものとして、公務性を有しないと解するのが相当である。

そこで、進んで、本件自家用車の使用につき、右のような特別な事情があつたかについて考えてみる。なるほど、来民局長は、ボーリング・ゲーム終了後参加者全員に対し、「来民局に準備ができているので、急いで帰るように。」と発言したことは前記のとおりであるが、それは参加者から、「時間も大分過ぎて、おなかも空いたので、この場で表彰式をしたらどうか。」という意見に対し、予定どおり来民局で表彰式を行ない、その後懇親会を行なうから急いで帰局するよう要請したにすぎないものと認められ、右発言の内容、前記認定の発言前後の情況、なかんづく参加者二〇名のうち四名が右発言にもかかわらず帰局せず、自由行動をとつて帰宅したこと、本件レク行事の性格から、そもそも職務命令に親しまないものであること等を併せ考えれば、来民局長の右発言をもつて原告主張の如き国家公務員法九八条一項、郵政省就業規則五条二項に基づき発した帰局命令とは到底認め難い。のみならず、来民局長が本件レク行事に参加した職員に対し、本件レク行事会場間の移動手段について、職員に対し、自家用車の使用につき命令ないし指示を与えたとの証拠はなく、却つて、前記認定によれば、参加職員は相互と便宜供与の趣旨で職員運転の自家用車に分乗したものであることが認められる。また、前記認定事実から推すと、本件レク行事を実施するに当り、職員の自家用車を使用することが時間的、距離的関係から便利であつたこと、来民局長において、参加者が自家用車を利用することを予想して来民局への移動を要請したことが窺われるけれども、もともと、レクリエーシヨン行事への参加のような本来的公務でない用務のために職員が自家用車を運転しても、それが公務遂行上真にやむを得ない措置とは到底認め難いから、右運転行為に公務性を肯定することはできない。

してみれば、原告がボーリング競技終了後来民局に向かう途中の公道上において本件災害にあつたからといつても、右移動過程については、来民局長の支配管理もしくは拘束力が及んでいたとは認め難く、また、自家用車の使用に公務性を肯定すべき特別の事情があつたとも認められないから、結局、本件災害は公務遂行中のものと解することはできない。

三以上のとおりであるから、本件災害が公務上の災害であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(糟谷忠男 中野辰二 山口博)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例